東京高等裁判所 平成10年(行コ)154号 判決 1999年4月28日
控訴人兼被控訴人(第一審原告) 新潟市民オンブズマン
右代表者代表 大澤理尋
右訴訟代理人弁護士 別紙代理人目録記載のとおり
被控訴人兼控訴人(第一審被告) 新潟県知事 平山征夫
右指定代理人 別紙代理人目録記載のとおり
右訴訟代理人弁護士 同
主文
一 当事者双方の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
「一 第一審被告が第一審原告に対して平成七年一一月一三日付けでした(原判決添付)別紙文書目録一記載の文書の非開示処分(平成八年一二月二七日付けの処分で変更した後のもの)のうち、平成七年四月一日から同年九月三〇日までの新潟県東京事務所の需用費に係る食糧費執行伺い、支出負担行為兼支出命令決議書、支出負担行為決議書、支出命令決議書、請求書、領収書、見積書、立替払費用償還請求書について左記部分を非開示とした部分を取り消す。
記
1 会合及び贈答の相手方のうち、「氏名、経歴、所属(会社名及び団体名を含む。)・職名」の部分(ただし、平成七年度決議番号〇〇二六七〇一に係る支出負担行為兼支出命令決議書記載の贈答提供者に関する記載を除く。また、国や他県等の職員の場合は、職名を除いた課及びそれに相当する組織名以上の部分、会社及びその他の団体の場合は、企業誘致の相手方を除いて、当該会社名及び団体名の部分については、それぞれ既に開示されているので、これらの部分を除く。)
2 債権者の従業員の「氏名、印影、サイン」
3 債権者及び資金前渡職員の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」の部分
二 第一審原告のその余の請求を棄却する。」
二 訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを四分し、その一を第一審原告の、その余を第一審被告の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 第一審原告
1 原判決中、第一審原告敗訴部分を取り消す。
2 第一審被告が第一審原告に対して平成七年一一月一三日付けでした(原判決添付)別紙文書目録一記載の文書(ただし、出身地の記載を除く。)の非開示処分(平成八年一二月二七日付け処分で変更した後のものと善解する。)を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて、第一審被告の負担とする。
二 第一審被告
1 原判決中、第一審被告敗訴部分を取り消す。
2 第一審原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて、第一審原告の負担とする。
第二事案の概要
一 事案の概要は、第一審被告が次の第二項記載のとおり当審において新たな主張をし、第一審原告が後出第三項記載のとおり反論したほかは、原判決事実欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。
なお、第一審原告が取消しを求めている処分は、平成八年一二月二七日付け処分で変更した後のものであると善解する。
二 第一審被告の新たな主張
企業誘致の相手方の会社名、氏名、住所、経歴、所属・職名については、公開除外事由として、従前の主張に加えて、本件条例一〇条第三号該当性を主張する。
第一審被告は本件処分時にこの点についても第一次判断権を行使しており、本件訴訟の経過にかんがみると、この点を追加主張しても第一審原告に格別不利益を与えるものではないから、追加主張自体を妨げる事由はないし、第一審において既に同号と表裏の関係にある同条第六号該当性について主張立証していることからすると、時機に遅れた攻撃防御方法ということにもならない。
三 第一審原告の反論
第一審被告の右主張は、処分理由を追加するものであり、本件処分について理由付記制度がとられていることに照らし、許されない。また、民事訴訟法一六七条にいう時機に遅れた防禦方法に該当する。
第三当裁判所の判断
一 請求原因1(当事者)及び2(本件処分の存在)の事実について当事者間に争いがない。
証拠によると第一審原告の開示請求に係る公文書の概要が抗弁1に記載のとおりであると認められることについては、原判決理由欄第二項に、また本件条例の趣旨及び非公開文書に関する定めについては、同第三項に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。
二 本件条例第一〇条第二号該当性
1 本号の解釈
本号については、その文言のみをみると、およそ個人に関係する事項を含む情報については、特定の個人が識別される限りすべて非公開とする趣旨と読めないでもない。
しかし、本件条例は、前記のとおり、県の有する情報は原則として公開とし、第一〇条所定の情報のみを例外的に非公開としているのであって、実施機関の責務を定めた第三条も、まず「実施機関は、県民の公文書の公開を求める権利を十分尊重してこの条例を解釈し、運用しなければならない。」と規定した上で、「この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」と規定しており、本号はこれを具体化した規定と解するのが相当である。このことからすると、本件条例にいう「個人に関する情報」とは、公開原則の例外とするにふさわしい、みだりに公にされることが相当でない情報に限定されているのであって、個人に関係する事項のうち、専ら私事に関するものと通常理解される情報のみを指すと解するのが相当である。すなわち、個人の行動であっても、それが公務としてされた場合はもちろんのこと、法人等社会的活動を行っている団体において職務上の行為としてされた場合にも、もはや私事に関するものとはいえないのであるから、当該行動に関する情報は、本件条例にいう「個人に関する情報」には該当しないというべきである。
第一審被告は、この点について、本号は、個人のプライバシー保護を目的とするものではあるが、プライバシーの概念が未だ明確とはいえず、プライバシー保護の必要性の有無を個別に判断することは容易でないことから、特定の個人が識別され得る情報を原則として非公開と定めたものと主張する。確かに、プライバシーの概念は明確なものではないから、プライバシー保護の要否のみを基準として公開するか否かを決することは困難であるが、専ら私事に関することか否かは、常識的にみて容易に判断できる事項であり、これに当たるものについてのみ特定の個人が識別可能か否かで非公開とするか否かを決定することは、運用上も支障が生ずるとは認め難く、前記の解釈を採ることを妨げるものではない。
また、第一審被告は、本号が「個人に関する情報」につき括弧書を付して事業を営む個人の当該事業に関する情報を除くと規定していることをとらえて、前記のような限定的な解釈を採ると、このような括弧書は不要となるはずであるから、この括弧書の存在からしても、「個人に関する情報」の意義を限定的に解釈することは誤りであると主張する。しかし、個人事業主については、その事業と私生活との区別がつき難いことも少なくないことから、右括弧書は、その点についての判断を避けるために、個人事業主の事業に関する情報を一律に「個人に関する情報」に該当しないものとしたと解することができ、その存在が前記の限定的な解釈を採る妨げとなるものではない。
したがって、本号にいう「個人に関する情報」とは、専ら私事に関するものに限定されるのであって、個人の行動であっても、それが公務としてされた場合はもちろんのこと、法人等社会的活動を行っている団体において職務上の行為としてされた場合には、「個人に関する情報」には該当しないから、当該行動については、たとえ行為者を識別可能とする事項であっても、本号には該当しないと解するのが相当である。
以下、この解釈の下に、本号該当性を検討する。
2 会合又は贈答の相手方の「氏名、住所、経歴、所属・職名」
弁論の全趣旨によると、県東京事務所の行う事務事業は、在京の国家機関及び企業等を対象とした情報収集、要請・要望、連絡調整、意見交換等が主たるものであって、その実施した会合は、このような事務事業自体を内容とするもの、又はこのような事務事業の相手方との良好な関係を築くために行ったものであること、贈答品の配布は、県の主催する大会等の出席者、訪問先の企業等県と特別の関係のある者に対して、社交儀礼又は良好な関係を維持増進することを目的として行ったものであることが認められる。
このことからすると、これらの会合に出席した者及び贈答を受けた者(以下、双方をまとめて「相手方」という。)は、いずれもその所属する機関や企業等の職務として会合に出席し贈答を受けたものと認められるのであって、その行為は専ら私事に関するものとは認め難く、相手方が会合に出席し又は贈答を受けたこと自体は「個人に関する情報」には該当しないというべきである。したがって、当該行為につき、その行為者としての相手方を特定するのに必要な情報は、本号には該当しないこととなるのであって、まず、相手方の氏名、所属・経歴は、本号に該当しないことが明らかである。また、相手方の経歴については、《証拠省略》によると、これが記載されているのは、「新潟県の集い」のための食糧費及び贈答品の執行に係る文書中の相手方の名簿、及び県東京事務所から新潟の地元新聞である新潟日報の配布を受けていて、現在は自治省等に勤務している者の名簿であって、その内容は、前者については新潟県所在の国の出先機関、県庁又は県内市町村在職時における所属・職名、後者については新潟県での勤務時の職名であることが認められ、このことからすると、相手方がこの経歴を有する者であることが、当該会合に出席し又は贈答を受けた理由となっているものであるから、この経歴の記載は、相手方の現在の所属・職名と同様、当該行為の相手方を特定するための情報であって、本件条例にいう「個人に関する情報」には該当しない。
これに対し、相手方の住所は、当該行為についての相手方を特定するために必要な情報とはいい難く、人がどこに居住しているかは、その者の職務を離れた専ら私事に関する事項と考えられるから、「個人に関する情報」と解するのが相当であり、しかも、そのことから特定人を識別可能な情報であるから、本号に該当するというべきであって、そのただし書に該当するとは認められない。
なお、第一審被告は、相手方のうちの一部に氏名を冒用された者がおり、少なくともその者に関する情報は非公開とすべきであると主張するが、本件条例は、情報がいかなる事項に関するものかに着目して非公開事由を定めているのであって、当該情報の真偽については着目していないと解すべきであるから、右主張は採用できない。
3 債権者の従業員の「氏名、印影、サイン」
弁論の全趣旨によると、これらは、債権者が県に対して提出した請求書等に記載されたものであり、債権者の請求行為につき、その担当者を明示するためにされたものであることが認められる。そうすると、当該請求行為は、当該従業員の私事に関する行為ではないことが明らかであり、当該行為の行為者特定のためにされた「氏名、印影、サイン」はいずれも従業員の「個人に関する情報」とはいい難いから、本号に該当するものではない。
4 県職員の「住所」及び「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」
弁論の全趣旨によると、これらは、食糧費等の立替払いをした県職員に対して県がその償還をするため、支出負担行為兼支出命令決議書等の支払先相手方欄に当該職員の氏名とともに記載したものであることが認められる。そうすると、右の立替払行為と償還を受ける行為はいずれも当該職員の私事に関するものではないから、その特定に必要な情報も私事に関するものとはいい難いが、当該行為を特定するには、行為者が県職員であることからすると、その氏名のみで十分であり、その住所や取引金融機関に関する情報は、当該行為を特定するために必要な情報とはいい難いし、金融機関の取引口座は、たまたま立替金償還のための入金先として利用されることはあっても、通常は私事のために使用されるものである。そうすると、県職員の住所や取引金融機関とその取引預金口座に関する情報は、当該職員の職務を離れた私事に関する事項と考えられるから、「個人に関する情報」と解するのが相当であり、しかも、特定人を識別することが可能な情報であるから、本号に該当するというべきであって、そのただし書に該当するとは認められない。
三 本件条例第一〇条第六号該当性
1 企業誘致関係以外の会合又は贈答の相手方の「氏名、住所、経歴、所属・職名」
第一審被告は、県東京事務所の行う事務事業は在京の国家機関及び企業等を対象とした情報収集、要請・要望、連絡調整、意見交換等が主たるものであって、その実施した会合は、このような事務事業自体を内容とするもの、又はこのような事務事業の相手方との良好な関係を築くために行ったものであり、贈答品の配布は、県の主催する大会等の出席者、訪問先の企業の関係者、その他県と特別の関係にある者に対して、社交儀礼又は良好な関係を維持増進することを目的として行ったものであるから、これらの相手方に関する情報を公開すると、社会通念上の礼を失するばかりか、県政における相手方の位置付け、評価が明らかになることにより、相手方に不快、不信の念を抱かせ、相手方との信頼関係を損ない、今後の県東京事務所の前記事務事業の円滑な執行に多大の支障を与えるおそれがあると主張する。
しかし、本件各文書の内容に照らすと、本件で問題となっている会合及び贈答には様々なものがあり、それらに関する情報を公開することによる影響にもかなりの差異があると考えられるが、右主張は、抽象的かつ一般的なものであって、これのみによって右情報がすべて本号に該当するとは認め難いし、各会合及び贈答に関する情報の公開によって具体的にどの程度の支障が生ずるかについては、第一審被告は具体的な主張立証をしないのであるから、結局、これらの情報が本号に該当するとは認められない。
2 企業誘致に関する会合又は贈答の相手方の「会社名、氏名、住所、経歴、所属・職名」
《証拠省略》によると、第一審被告が企業誘致関係の会合又は贈答と主張するものは四件であり、そのうち三件は、特定の企業を対象とした誘致折衝活動の存在を前提としない情報収集活動の一環としてされた県出身者や県にゆかりのある人物又は企業誘致推進組織からの情報収集のための会合であり、他の一件(平成七年度決議番号〇〇二六七〇一に係る支出負担行為兼支出命令決議書記載の贈答品に関するもの)は、誘致折衝企業に関する周辺情報を収集するために接触した当該企業の関連企業、取引先企業又は折衝企業ゆかりの人物への贈答であることが認められる。
そして、第一審被告は、企業誘致が公表される前に特定企業との誘致折衝に関する情報が公開されると、県が当該企業の機密情報を公開したに等しい結果となること、及び、会合や贈答が情報収集の目的であったとしても、その相手方が公表されると、相手方が重要な企業情報を県に漏らしているのではないかと疑われたり、具体的な立地折衝を行っているのではないかとの誤解を招き、所属企業等や取引先との関係で相手方の地位を危うくさせるおそれがあることを指摘する。
確かに、情報の公開によって第一審被告が指摘する事態が生ずる場合には、誘致対象企業や贈答等の相手方に多大の迷惑がかかり、そのことが県東京事務所の行う企業誘致活動に具体的な支障を生じさせるおそれがあることを否定できず、本件で問題となっている文書のうち、平成七年度決議番号〇〇二六七〇一に係る支出負担行為兼支出命令決議書記載の贈答先については、前記のとおり、特定の誘致折衝企業の存在する段階で当該企業の関連企業等の関係者から誘致対象企業に関する情報を収集したというのであるから、右文書を開示すると、当該誘致対象企業は、県が贈答の相手方から自己に関する情報収集活動を行ったことを容易に認識することができ、そのことが誘致対象企業と贈答の相手方との信頼関係に悪影響を及ぼし、贈答の相手方に多大の迷惑を及ぼすおそれがあると認められる。したがって、右決議書中の贈答の相手方に関する情報は本号に該当すると認めることができる。
これに対して、その余の三件の会合は、前記のとおり、特定の企業を対象とした誘致折衝活動の存在を前提としない情報収集活動の一環としてされた県出身者や県にゆかりのある人物又は企業誘致推進組織からの情報収集のための会合であるから、これに関する文書を公開しても、特定の企業に関する誘致活動が明らかになるものではないのはもちろん、会合の内容自体は文書中に記載されていないのであるから、会合出席者がその所属企業等や取引先との関係で信用を失うなどの迷惑を受けることも想定し難く、第一審被告指摘のような事態が生ずるとは認め難い。したがって、右三件の会合に関する文書中の会合出席者に関する情報は、本号に該当するものとは認められない。
3 資金前渡職員の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」
この点についても、当裁判所は本号に該当しないと判断するが、その理由は原判決四八頁五行目から四九頁一行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
四 本件条例第一〇条第三号該当性
1 債権者の「取引金融機関名、金融機関コード、預金種別、口座番号、口座名義」
第一審被告は、右情報は通常他人に明らかにするものではないから、取引等に関係なく公開することは債権者に不利益を与えるおそれがあると主張する。
しかし、弁論の全趣旨によると、右債権者らはいずれも飲食店等の営利事業を営むものであることが認められるのであり、そうである以上、これらの情報は取引相手方には広く告知するものであるから、債権者らにとって営業上の秘密とまではいい難いものと認められる。そして、債権者らは、これらの情報につき、自ら積極的に取引先以外の者に開示することはないとしても、取引先を通じて第三者に知られることを一般的に拒絶しているとは認められず、第一審被告は債権者に不利益が生ずると指摘するが、その具体的内容は明らかでなく、これらの情報を取引先以外の者が入手したとしても、債権者の正常な取引活動に具体的支障が生ずるとは認め難い。したがって、債権者に関する右情報は、本号に該当するとは認められない。
2 企業誘致に関する会合又は贈答の相手方の「会社名、氏名、住所、経歴、所属・職名」
第一審被告は、当審に至って、これらの情報の本号該当性に関する主張を追加し、第一審原告は右主張の追加は許されないと主張する。
しかし、前記三2で認定説示したとおり、これらの情報のうち、三件の会合に関するものは、これを公開しても会合の参加者に不利益を与えるとは認め難いのであるから、仮に右主張の追加自体が許されるとしても、その主張は採用できないものである。また、平成七年度決議番号〇〇二六七〇一に係る支出負担行為兼支出命令決議書記載の贈答品に関するものについては、やはり前記三2で認定説示したとおり、本件条例第一〇条第六号に該当すると認められ、そのことによって、第一審原告の本訴請求のうち、本件処分中の右情報に関する部分の取消しを求める点は理由がないこととなるから、右情報についての本号該当性の主張を追加し得るか否かを判断する必要はないこととなる。
よって、右情報について本号該当性の主張を追加すること自体の可否についての判断はしないこととする。
五 以上によると、当事者双方の控訴はそれぞれ一部理由があるので、その限度で原判決を変更し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条二項、六四条本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙木新二郎 裁判官末永進及び藤山雅行は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 髙木新二郎)
<以下省略>